あなたは「将来,胃がんになってはいけないので胃を切除します」ということばで胃を取りますか?
適切に運動器官が機能を発揮するには,筋肉が発達する必要があり,そのためには「負荷をかけて運動させる必要がある」が原則です.
舌は筋肉の塊なので,負荷をかけて運動させることで大きくなり,舌機能は発達します.すなわち,食物の物性を高めていくことで送り込み運動や咀嚼運動が負荷となって,食事を摂取するための舌機能は発達していきます.
では,言葉を表出する機能はどうでしょうか?
上図は,アメリカのSanderという先生が発表された論文「When are speech sounds learned ?
」(Sander, EK. : J Speech and Hearing Disorders,1972, 37:54-63)の中の図です.この図の横軸は,ある音素の表出開始年齢の範囲を示しています.すなわち,口唇音[p][m][b]は,児によっては1.5歳で表出する子もいれば3歳になって初めて表出できる児がいる,という意味です.
[r]音(弾音)の表出は,舌尖が最も高く上がって口蓋に接触することが必要であり,舌の運動範囲の拡大と巧緻性の向上を要求するために,早い児でも3歳になってから,中には8歳までかかる児もあり,さらに摩擦音[s]は,舌側縁を左右の臼歯に触れつつ舌尖と口蓋の間に空間を作るという高い巧緻性を必要とするため,8歳になってようやく表出できる児がいることを示しています.臨床の現場でも,「先生」が「てんてい」になる幼児構音と称される話し方をする児がいます.
このような舌の高い巧緻性を必要とする音素は,4-5歳時においても舌小帯が短いと適切に表出することが難しいかもしれません.しかしながら,乳児の段階での舌小帯の状態から,早くとも3歳にならないと表出できないような,これらの音素の表出機能を診断できるのでしょうか?
先の記事でも書きましたが,舌は食事を摂する中で発達し,舌小帯も後方に(見かけ上)偏位して伸びてきます.とすると,診断は早期過ぎるのではないかと思えます.
すなわち,「将来,ことばに問題が生じる」「将来話せなくなる」というkiller phraseで手術を勧める方は,どれほど言語発達についての見識があるのでしょうか.さらに,このkiller phraseにもとづいて手術される医師,その中には言葉の専門家でもある耳鼻咽喉科医や口の専門職の歯科医師もおられることは残念でしかたありません.
あなたは,「この児が将来胃がんになってはいけないので,今,胃袋を取っておきましょう」ということばで手術を勧められるでしょうか.